れのん亭日乗


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2002年 12月〜


12月31日:

・世間胸算用

 さて、大晦日の本日、いかがお過ごしでしょうか。

 「元日より胸算用油断なく、一日千金の大晦日をしるべし」とは、井原西鶴の「世間胸算用」の序文ではある。

 元禄時代、浪速の大晦日は銭勘定の「始末」に皆が駆けずり回る総決算の1日だったようである。

 角川文庫版の「世間胸算用」に活写される町人たちの「銭」にまつわる立ち居振る舞いはなんでこんなに面白いのだろう。

 「世間胸算用」の中に、借金取りが来ても返すあてが無いので、頭がイカれたフリをして借金取りの目の前で、飼っているニワトリを包丁で斬り殺すパフォーマンスをする男のエピソードが出てくるが、昔も今も「銭」の貸し借りをめぐる攻防は虚実入り交じり、赤裸々な人間模様が浮かびあがってくるのである。

 本日は銀行が休みだけど昔と違って正月でもATMで現金を引き出せる便利な世の中である。だからと云ってサラ金の取り立てが大晦日の夜まではやって来ないだろうけど、いわゆる「闇金」とか「090金融」などアウトローな面々はやはり大晦日であっても債務者の家に取り立てにやってくるのだろうか。

 「世間胸算用」の情景はどこかユーモラスであるが、現在の一般庶民の「銭の始末」は暗い気分が蔓延しつつあることは確かである。

 来年もまた我が事務所の主要業務は、多重債務で苦しむかたがたの問題解決へ向けての支援業務である。

 「本人申立」は単なる「過程」のひとつであり、その前後にはもっと重要な「仕事」と「仕事の種」が山のように存在する。それらを掘り起こして「業務」として確立することが来年の課題でもある。

 その意味で「行政書士」と云う「仕事」の可能性は「無限」である。そのためには「知恵」を絞らなければならないが、「世間胸算用」にはそんなヒントが沢山詰まっていのだ。

 さて、今年の3月にこの「れのん亭日乗」を「毎日更新」しようと突然決意したのであるが、どうにか毎日更新を継続することが出来た。あと2ヶ月とちょっとで丸一年なので、それまではなんとか1年間毎日更新を貫徹したい。

 それでは皆さん、良いお年を。


12月30日:

・大掃除

 
本日は集金業務を3件こなして、事務所の大掃除をした。私にとっては今日こそが本当の仕事納めである。

 毎朝いつも事務所に着いたら掃き掃除と拭き掃除を励行しているので、事務所内よりも外側の通路の壁の清掃が大変だった。去年の暮れは外壁の清掃をした記憶が無いので、2、3年分の汚れかも知れない。

 事務所の入り口にも「しめ縄」をセットしました。花屋さんで買ったちょっと洒落た「しめ縄」である。

 我がロドスタも久しぶりに洗車完了也。お願いだから雨よ降らないで。

 仕事も無事終了。掃除もいっぱいしたことだし、これでいつ正月がやって来てもいいぞ!!と云う気分かな。

 で、今、夕方のテレビのニュースを見ながらコタツでiBookに向かってこれ書いているのですが、じわじわと年の瀬の気分になってきました。

 未曾有の不景気とは言えども、ニュースに写る各地の街角は、そんなに切迫感が無いように見える。と言うか私自身が切羽詰まっていないせいだろうか。あるいはただ単に私が脳天気なだけか、、、、。

 兎にも角にも、無事に年を越せるようで、有りがたいことではある。

 事務所を立ち上げた平成11年の暮れは結構きつかったが、あの時の「苦境」が現在の糧になったのである。ハングリーな気分は絶対に失ったらいけないと自戒をこめて思う。

 おっと、ただ今、テレビのローカルニュースでは、北九州市小倉北区のサラ金に強盗が押し入って350万円を強奪したそうな。強盗は一人で果物ナイフで武装していたらしい。

 年末の風物詩、サラ金強盗。 なんて言うと不謹慎かな。

 とゆーことで、今年もあと1日となりました。


12月29日:

・本屋さん巡回

 今日は北九州で一番の繁華街、小倉北区魚町近辺の書店をぶらり巡回した。年末年始はじっくり本でも読もうと思い買ってしまったのは以下の書物。

1:「マリコ TAKE OFF!」 著者:宮崎学  発行:明月堂
  宮崎親分の本は「近代の奈落」を読了したので、次はコレにトライ。

2:「日本の大量殺人総覧」        発行:新潮社
  偶然、上記「マリコ」の隣にあった。こういうの大好きです。

3:「宮崎学責任編集 アウトロー・ジャパン 第4号」 発行:太田出版
  創刊号から毎号愛読してます。

4:「借りたカネは返すな!」 発行:アスキー・コミュニケーションズ
  新聞の広告で「青木雄二氏大絶賛!」とあったので読みたくなった。

5:「借金地獄から抜け出す合法的裏ワザ」 発行:二見書房
  多重債務問題解決についての我がノウハウの「復習」用に購入。

6:「激刊!青木雄二 『銭』 創刊1号」 発行:主婦と生活社
  毎度お馴染みの青木雄二節が全面展開しているが、創刊号なのでつい購入。

7:MacOSX10.2 パーフェクトガイド 発行:アスキー
 実は2週間前にiBook を買っておりました。ついでに Air"H も128Kパケット常時接続でUSB接続タイプのもの(富士通のAH-F401U)に変更。PCカードスロットの無い iBook でも Air"H でのインターネット接続が可能になった。今やすっかりコレが私のメインマシンになって大活躍、これからはいよいよ MacOSX をとことん使い倒そうと考えております。


 と言うことで、例によって「知性」とは無縁、趣味と実益と嗜好だけの本選びではありました。


12月28日:

・パルプコミックス

 最近、コンビニエンスストアではコミックの単行本のようなものが増殖していると薄々感じていたのであるが、今日、事務所近くのコンビニのそんな一角で「つげ義春」の作品集を見つけたので買ってしまった。

 「夏の思いで つげ義春自選集3」、消費税込みで300円也。

 安いかわりに普通のコミック単行本より紙質が悪いのだけど、コレって、昔の月刊少年漫画雑誌、「少年クラブ」とか「少年」とか「冒険王」などなど50代前後のオジさんなら懐かしくてたまらないあの頃の少年の「娯楽の王道」的な雑誌の別冊付録みたいと言うか、月刊少年誌には毎号付録がどっさり付いていて、例えば紙で作る戦艦大和とかゴム仕掛けの鉄砲とかが在る中で、必ず付いていた連載漫画(鉄人28号、鉄腕アトム、よたろうくん、ロボット三等兵とか)の本誌からの続きの別冊付録を思い出させるのである。

 「パルプフィクション」ならぬ「パルプコミックス」とでも言うべきか。

 つげ義春の漫画を初めて読んだのは、予備校生の時だった。「ねじ式」は本当に衝撃的であった。つげ義春のマンガのほとんど全てが「不思議な味わい」を持っている。「ねじ式」以後の作品では「無能の人」が、ちょっと身につまされて好きだ。

 さて、購入した「つげ義春自選集」に収録されている短編は、以前読んだものばかりだったが、巻末の「つげ義春 自分史」が非常に興味深いものであった。つげ義春ファンは必見の内容であろう。彼の「繊細な感性」のバックボーンがほんの少し理解出来たような気がする。

 家に居てもしょうがないので今日も事務所に出て来たけど、仕事はせずに、パソコンのメンテとか、事務所入り口の正月の飾り付けを考えたりとか、思いがけずにつげ義春のマンガを読むことができたりとかで、たらたらと時間が過ぎております。


12月27日:

・御用納め

 今年の業務も一応、本日で終了である。

 実際の「申立」は昨日で完遂したが、本日も年初第1弾の準備に追われております。

 今年の初め頃は、訳あってかなり危機意識があったけど、終わってみれば前年比150%の業務量であった。しかも「本丸」関連は170%だった、、、、。

 ま、利益追求のみで仕事をしているワケではないので、忙しいとは言っても要するに「貧乏ヒマ無し」な状態ではある。

 常にそれなりの「危機意識」を持って知恵を振り絞り、失敗を恐れずに実践してゆけば必ず道は拓けることを実感した。

 以前も書いたがオーガナイザーとパームをフル活用してスケジュール管理を徹底しているので現在の事務所体制でもまだ余裕がある。それにパソコンとプリンタは沢山あればあるほど業務効率は上がることも確かではある。

 さて来年はどうであろうか。

 楽観的にならず、ゼニ勘定に欲張らず、常に「最悪の事態」を念頭に置いて対処すれば、自ずと道は開けてくるであろうか。

 ま、残りの年内、ゆっくり考えることにします。

 第一の希望は、来年もまた元気で健康であり、頭もボケないでいろんなアイデアと着想を得たいと言うことです。



12月26日:

・生活情報誌の個人情報欄

 郵便受けに勝手に投函される「ポス」と言う「自称」生活情報誌をパラパラとめくって見ました。

 居酒屋とかエステ、美容院などの広告宣伝がてんこ盛りである。暇を持て余した専業主婦とか、若い女性向きの編集内容だと思った。

 で「個人情報」コーナーがあって、「売ります」・「買います」的に個人で不要なものを売買したり、「サークル募集」があったりするのだが、その一角に「お友達募集」の掲載があった。コレが泣かせる内容ではある。

 「■女性のお友達がほしい■ 31歳の男性です。どんな性格でもかまいません。ずっと一人なので友達になってください。最初は心のこもった文通からはじめましょう。・タケシ」とか「●人生のパートナー募集● ドライブが好きな52歳。肌寒い季節になってくるとやはり寂しくなってきますね。出会いが無く寂しいです。40〜50歳までの女性希望 ・リュウスケ」と男性からのメッセージにはなにかしら一抹の侘びしき思いが伝わってくる。

 女性のメッセージには「■彼氏募集。真面目な方■ 33歳女性。人の心の痛みがわかる優しい人、私の一番大切な人になって下さい。年齢・容姿は問いません。誠実な方、お願いします。・ナオコ」とか「◆彼氏募集しています◆ 33歳女性・バツイチですが子供はいません。自立できた心の優しい男性との交際を希望します。写真同封でお願いします。・チズル」など。

 しかしなぁ、「優しい人間」なんてそこらに転がっているワケは無いのであって、近頃、見ず知らずの人間に「優しい笑顔」で接してくるのは「詐欺師」とか「保険外交員」あるいは「ネットワークビジネス」の勧誘と相場は決まっている。

 女性に対して「優しい男」ってのも「シタゴコロ」に裏打ちされたスケベな「優しさ」の持ち主であったり、ジゴロが新たな「金ヅル」を虎視眈々と狙っていたりするワケで、あんまし「優しさ」ばかり追い求めていてもなぁ、と思う。

 私は宗教家では無いのでエラソーなことは言えないが、まず自らが真の意味での「優しさ」を自己実現出来れば、自ずと本当に「優しい相手」と巡りあうことが出来るのではないだろうか。

 でも「優しく」なるってのは難しい。本当の「優しさ」ってなんだろうと思う。

 ただ単に「作り笑い」するだけの「優しさ」とか「お節介」や「目論見&魂胆」を背景にした「優しさ」みたいなのは、あちこちに溢れているのだけど。



12月25日:

・ひげ面

 私は髭を伸ばしている。口ヒゲと顎ヒゲ。

 ヒゲを伸ばすのは今に始まったことではなく、一番最初は予備校生のときだった。あの頃はまだ毛が薄くてまばらだった。さすがに受験申請の証明写真を撮る時にはヒゲを剃ったけど。

 大学在学時も何度かヒゲを伸ばしていた。

 60年代末から70年代にかけて、私に影響を与えた「ロックスター」たちがことごとくヒゲを伸ばしていた時期がある。ジョン・レノンもそうだった。

 私がヒゲを伸ばしたのは、ヒゲ面が格好良い彼らへのあこがれの気持ちが根底にあったことは確かである。

 大学を中退して、北九州に戻り、ようやくの思いで就職することができた書店勤務時代も何度か周期的にヒゲを伸ばしていた。

 ヒゲをきれいにそり落とすのは、朝、鏡で自分の顔を見ているとどうしようもない嫌悪感を感じて、衝動的にヒゲを剃ってしまう場合が多い。

 その後、堅気の面もちでおとなしく数年間を過ごすうちに、またヒゲを伸ばしてみたくなるのである。

 今回のヒゲはもう3年くらいになる。

 私の場合、童顔なので、ヒゲを落とすとのっぺりして印象が軽くなってしまう。つまり、顧客から顔を覚えて貰えないのである。

 要するにヒゲを伸ばすとゆーのは、自己主張とゆーか、自己顕示とゆーか、ようするに目立ちたいだけなのかも知れない。

 昔はこのオレも赤面恐怖症と言うか、恥ずかしがり屋で、すぐに顔が赤くなるタチだったので(実を言うと今でもそうです。)ヒゲを伸ばすのは、他人からジロジロ見られて恥ずかしいのだけど、それよりも他人とは違う「自分」を主張したい気持ちが誇っているのかもしれない。

 で、自分で言うのもナンですが、現在のヒゲづらは結構気に入っているのであります。


12月24日:

・きよしこの夜

 北九州のクリスマスイブは少し冷え込んでおります。

 クリスマスもだんだんと寂しくなってるような気がするのは、やっぱり不況が深刻であると言うことなのだろうか、それとも、クリスマスと言う「イベント」に私自身が全く関知しなくなったせいなのか。

 先ほど、セブンイレブンを覗いたら、クリスマス的な装飾は目立たず、片隅では売れ残りのボージョレヌーボーワインとやらが叩き売りされていた。

 10数年前のバブル絶頂の時期、やれボージョレだヌーボーだと大騒ぎしていたのも今は昔、やっぱりワインは安物の赤ワインをカレーを食べる時などに水代わりにガブ飲みするのがよろしいようではある。

 さて、本日は事務所で居眠りしてしまった。

 「依頼者」との詳細な打ち合わせを、我が事務所最強の補助者が淡々と遂行している位置から仕切1枚へだてた場所で、パソコンに向かいながら「陳述書」を仕上げていたのだけど、どうにも眠たくなってしまい、イスに座ったままで壁に背中と頭をもたれかけて寝入ってしまった。

 座ったままでも結構寝てしまえるものである。

 でも中途半端な睡眠だったせいか、目覚めても頭がクリアでなくて、「陳述書」を書き上げるのに午後8時まで掛かりました。

 で、今、ようやくコレを書いている次第。

 テレビでは「赤軍派」関連の特番をやっている。

 けっこう真面目な構成である。つまりワイドショーなキワ物的スキャンダリズムではない。

 よど号ハイジャックのメンバーや、塩見孝也赤軍派議長の現在を見るにつけ複雑な気分に陥る。彼らの「転向」あるいは「変節」以外の何者でもない現在の醜貌に吐き気を覚える。

 私は、自身の本質に於いて、いつまでも30年前の私でいたい。


12月23日:


・天皇誕生日

 本日は小倉北区の国道3号線沿いの某交差点では、お昼過ぎに突然「君が代」が大音響で鳴り渡っていた。

 それでなんとなく、ああそうか、今日は「天皇誕生日」だなと、、、、。

 私は交差点に面したビルの一角にいたので、例の「街宣車」の姿は見えませんでしたけど。

 いわゆる「皇室」の方々の日常的情報が、今やテレビのワイドショーやニュースでは垂れ流し状態であり、テレビでその立ち居振る舞いが放映されるほどに、かっての現人神としての神秘性はひたすら希釈され、世界に誇るべき我が国「平和憲法」の象徴としての地位をますます不動強固なものとされるのは、まっこと佳きこと哉。

 かねてからの公約(?)どおり、祭日だからゆっくり休むつもりだったけど、午後から事務所に出て年賀状の印刷に着手しました。

 土曜日にはWindows PC で「筆まめ」を使って年賀状400枚分の宛名書きを済ませていたが、今日は、年賀状の裏面のデザインを Macintosh で「宛名職人」を使って印刷しました。

 実は、今日の朝5時まで掛かって「宛名職人」をいじりながら年賀状の裏書きを作っていたのであった。次の日が休日だとつい夜更かししてしまいます。

 昨年の年賀状はイラストレータ8.0で作ったけど、なんとなく「宛名職人」のほうが楽そうだったのでトライしてみたのだが、慣れるまでが大変だった。

 文字を加工する場合、イラストレータの方が柔軟性が高いけど、「宛名職人」は豊富なサンプル画像を上手に利用するとそれなりの年賀状が作れるみたいです。

 と言うことで、なんとか年賀状も元日配達には間に合うかな。


12月22日:

・気ぜわしい日曜日

 本日は午前11時ぐらいまで寝ていた。サンデープロジェクトを途中から見たが、サンプロもマンネリだな。

 午後は、パソコンショップや電器量販店などを回ったが車の渋滞ばかりで、ストレスを感じた。

 で、今日の衝動買いは、Panasonic の D-snap(SV-AV30) 。

 最近、テレビで浜崎あゆみが宣伝しているアレ。基本機能はデジタル動画録画機であるが、デジカメにも MP3 音楽再生機にもなる。

 デジカメは持ってるし、音楽再生は iPod で大満足なので、私が着目したのは勿論、録画機能である。録画はテープではなくてメモリーに記録するのである。

 デジタルビデオのデータをパソコンに取り込んで、MPEGファイルにデコーディングするには手間も時間も掛かる。

 だったら初めからMPEGで録画すりゃいいではないかとゆーことで、以前からD-Sap に注目していたのであるが、前モデルはどうもオモチャっぽくて買う気が無かったが、全面モデルチェンジ後のスペックを見て、コレは買いだと思った。

 いつも行くベスト電器小倉店には在庫が無くてカタログがあったので貰って帰って読んでいたら、もう本当に欲しくなった。

 本日、八幡駅北側のコジマに行ったらなんと39800円で出ていたので、思わず衝動買いしてしまったと言う次第。

 使用メモリーは松下御用達のSDメモリーであり、動画を録画するには大容量メモリーが必修なので、思い切って256M を買ってしまった。17800円也。高い!でもしゃーないなぁ、、、。128Mだとどうしても中途半端な録画時間だし。

 と言うことで、これからコレで遊んでみます。


12月21日:

・年賀状の宛名書き完了


 北九州は昨日から雨模様。そんなに寒くはないです。

 本日は土曜日であるが、事務所に出て仕事してます。

 今年の業務実働日数も来週の平日4日間を残すのみ。年内あと5件の「申立」を完遂すべく奮励努力しております。

 まったく手つかずの年賀状作成にもようやく着手。住所管理ソフト「筆まめ」のデータを整理整頓して、なんとか宛先住所だけプリンタで出力しました。ちょうど400枚也。

 ずっと「筆まめ」のバージョン8を愛用していたのだけど、今年のはじめに新しいバージョン(Ver.12)に買い換えました。しかし、旧版のファイルを書き換えてしまう上に、機能が増えてややこしいです。

 オレは単純単細胞だから、ややこしくて多機能過ぎるソフトは嫌いだ。

 いまだにマイクロソフト・ワークスの Ver 4.0 を愛用しているもんね。ペラ1枚の案内状とか、請求書発行は、ずっとコレを使ってます。もう7年目かな。

 コレは Windows95 が発売された時に同時に出たのだけど、WindowsXP でも問題なく稼働しております。むしろ Windows95 の時のほうが不具合が多かった。

 Macでもクラリス・ワークスで大抵のことは出来るもんな。

 とは言っても、プロとしての本格的業務では「一太郎」を使います。WORDは「名刺作成」だけで利用。あんまり「お節介」過ぎるソフトも大嫌いなのだ。

 文章作成はエディタでやってますが、Windows では英丸エディタを、MacではJeditを使用している。機能的には Jedit のほうが使い易いと思う。

 日本語入力は、16年前からATOKを愛用しているのでもうコレ以外は使えません。

 このメルマガ配信用の文章は、Mac&Jedit&ATOK12で書いているのであります。

 さて、仕事も年賀状もなんとか段取り付けたので、明日からの連休はゆっくり休もうと思います。


12月20日:

・耳のツボ

 中耳炎だったのか外耳炎なのかは定かではないが、小学校低学年の夏休みに耳鼻科に通った記憶が、今でも時折よみがえる。

 あの頃「本病院」と言っていた「若松市立病院」の耳鼻科には同じような年代のガキばかりが大勢通院してきて、冷房なんて無い真夏の病院の廊下で、延々と診察の順番がくるのを待っていたのだった。

 耳の中に綿を詰められたり、黒いマスクみたいなので耳を覆ったり、時にはお尻に猛烈に痛い注射(ペニシリン?)を打たれたりした。

 家に帰ってどうも耳の中が気になって、こっそり詰められた綿を取り出すと、どす黒いウミがべっとりと付いていた。
 汚いので捨てたくなったが、病院に行ったらなんで勝手に取り除いたのかと叱られると思い直し、再び耳の穴に入れたのであるが、ぬるっとして気持ち悪かったなぁ。

 その後の記憶は全然無いのだけど、今もって耳には不具合が無いので、そのうち完治したのだろう。

 しかし、耳の穴の感触と言うのは何なんだろうやっぱり「性感帯」のひとつなんだろうか、例えば耳掻きを耳の穴に突っ込まれた時のゾクゾク感って云うのは非日常的な快感ではある。(はぁ?オレだけなの?)

 今は耳掃除は綿棒でやるのであるが、寝る前に耳の穴をこちょこちょして貰うと、眠りが深いのである。

 自分でやっても駄目で、膝枕で優しく「こちょこちょ」して「貰う」ってのがミソなのだけど、、、、、。

 思うに耳の穴の中には、睡眠を深くする「ツボ」が存在していると確信するのであるが、どうなのだろうか?


12月19日:

・寺の病、、、、、

 本日は定例の内科医院行き。

 本日の血圧は、上が138、下が82、脈拍68だった、、、、。

 ちょっと高いかな。今日は病院に行くと直ぐに診察室に通されたので、焦ったのかもしれない。

 いつも左上腕部で血圧を測定し、その後は、上半身ハダカになって聴診器を当てられ、それからベッドに横になって腹部の触診と言う決まったパターンなので、病院に行くと前もって上着などを脱いで上半身はアンダーシャツだけで診察室に入るのだけど、今日はゆっくりと脱いでいる途中で呼ばれたので、慌てたのであった。

 ま、小心者の私には、ありがちなコトではある。

 今日は3週間分の薬(降圧剤)を貰った。通常は2週間分なんだけど、余分な1週間分は、お正月の分なんである。ああ、もう正月なんだなぁ。そろそろ年賀状をなんとか仕上げなければいけない。

 病院を出て、調剤薬局に行って、そのあとは本屋に寄るのだが、立ち読みをしていると下半身のある部分に激痛を覚えたのであった。

 「ある部分」とは、「菊」の「御門」とゆーか、「A感覚」なその部分とゆーか、ええいまどろっこしいなぁ、つまりは、あはは、あれですアレ。

 最近、毎朝の「お通じ」の際であるが、ちぃーっとばっかし「イキミ過ぎ」の気があったことは確かである。
 
 そう言えば少しあそこがヒリヒリしていたなぁ、でも、「肛門科」の病院なんて「性病科」のビョーイン同様、けっして行きたくはないトコなんで、ま、そのうちなんとかなるやろと、なるべく他のコトを考えるようにしていたのだった。

 しかし、今日の激痛は尋常でなく、歩くのがやっとであり、顔をしかめながらやっとの思いで事務所に帰りついたのであった。

 で、今ですが、補助者に頼んで薬局で「ボラギノール」とゆー薬を買ってきて貰い、なんとか小康状態で一息ついております。

 補助者は薬局で「寺の病」の当事者であると誤解されたそーです。すまん。

 やっぱ、ビョーインに行ったほうがいいのでしょうか。怖いよー。一番プライベートな体の部位を見られたり触られたりするって恥ずかしーよぉ。

 どないしょ、、、。


12月18日:

・口呼吸


 母親から「お前は口元が緩くていつもポケーっと口をだらしなく開けている」とからかい半分に注意されたのは中学校の頃だった。

 うちの母親も血液型B型であり、人を傷つけるようなことを平気でズケズケと言う。どれほど母親と母方の親族(みんなB型)にいたいけで繊細な「少年のココロ」が痛めつけらたれことであろうか。

 長じて、私もそんなB型の本性に目覚めてしまっているワケで、マイペース&独善的日常に明け暮れているのだが、、、、、。

 さて、あの頃の写真には確かに口を意味なく開けたままで写っているのがある。

 親にしてみると不承の息子がテレーっと口をポッカリ開けて人前で恥をさらしているのを我慢できなかったのかもしれない。

 いつしか私も人前ではきちんと口を折り目正しく結んでおこうと相務めたのであった。

 で、最近であるが、朝目覚めてから朝食・トイレ・シャワー・歯磨き・身繕いをして家を出て事務所に向かうまでのあわただしい時間、ふと気がつくと口を開けたままで息をしていることに気がついた。

 ふつー呼吸は鼻でするものである。口でハァハァ言いながら呼吸をするのは激しい運動をしたときぐらいだろう。

 しかし、気がつくと口で息をしていたのだった。運動もしていないのに。

 ええ歳したおっさんが口をほけぇーと開けたままで、なにやらあわただしく動き回るとゆー情景は、ちょっと格好悪いなぁ。

 少し反省しながら口を閉じて鼻で深呼吸をしながら、自分の口臭が気になってきた。

 テレビの情報番組で「口呼吸」が「口臭」の原因だと言っていたのを思い出した。

 自分はタバコは吸わないし、胃腸も丈夫、歯磨きは朝晩2回励行、でも、虫歯はないけど歯茎がちょっと弱い、、、、、、。

 あんまり気にしすぎてもいけないが、自分の口臭ってどんなだろうか?

 ちょっと「口臭」が気になるこの頃である。


12月17日:

・団子鼻


 私は鼻が低い。つまり東洋的な鼻筋である。

 現在は眼鏡を掛けているが、鼻が平坦なおかげで、重たい眼鏡だと鼻に掛かる部分の引っ掛かりが弱くて、ずり落ち易い。

 だから、フレーム無しの軽い眼鏡を現在は愛用している。

 で、低いだけならまだしも鼻の先端部分がチョコンと丸い上に、鼻腔あたりが上を向いているので、あんまし顔を反り返すと鼻の穴が丸見え状態になってしまうのである。

 こういう鼻を「団子鼻」と言うのだろうか。

 ところで、昨日書いた眉毛ではないが、鼻毛もよく伸びるものである。

 私が生まれ育った北九州は70年代までは全国屈指の公害地帯であった。洞海湾をはさんで林立する工場群の煙突からは、ほぼ無防備な垂れ流しで煤煙が立ち上り、幼少の頃に立ち寄った八幡の街などは本当に煙幕のようなスモッグが街を覆っていたのだった。

 そのためだろうか、私の鼻毛は濃いくて剛毛である。

 妙に鼻がムズムズするなあと手をやると、指先に鼻毛が当たり、鼻毛カットの時期であることを知るのである。

 鼻毛カットには、赤ちゃん用の爪切りバサミが便利である。

 年末でもあるし、そろそろ毛繕いをしなければ。

 ところで、眉毛にも目立つ白髪であるが、鼻毛の白髪はまだ確認していない。

 白髪の鼻毛ってあるのかな。


12月16日:

・二重まぶた

 私の目は二重まぶたである。

 現在は両目とも二重であるが、10歳の頃までは、片方だけが二重まぶただった。小さい頃の写真を見ると両方の目の大きさが違っていてバランスの悪い顔立ちではある。

 現在の顔もよくよくのぞき込んで観ると、両目の大きさとその印象が違う。

 右目はガンツキが悪く、左目はやや大振りで柔和なイメージがある。

 それはそれで「人間の二面性」を体現しているのだろう。

 私は性根の悪い意地悪であり、優柔不断な怠け者でもある。

 昔の家には常備されていたガラス一枚の長方形の鏡、裏が茶色いあの鏡であるが、あの鏡を顔の中心に置いて大きな鏡の前に立ち、左側だけが両方に展開した顔、あるいは右側だけが対照的になった顔をそれぞれ見比べるとどんなだろう。

 きっと、ジキルとハイドみたいに、くっきりと自分自身の中の善悪が浮かび上がってくるに違いない。

 なんだか少し怖いような気がする。


12月15日:

・眉毛

 自分で言うのもなんだが、私は眉毛が濃い。

 眉毛だけは九州男児の典型なのかもしれない。

 最近、眉毛の一部がひょろひょろと成長(?)するようになった。

 そのまま放っておくとビローンと伸びてくるのである。たとえて言うと、あの社会党最後の総理大臣となった村山富一氏の眉毛みたいなのである。

 昔、5、6歳の頃だったが、私の母方のひいじいちゃん(曾祖父)が大相撲九州場所になると決まって熊本の人吉から出てきていたが、そのひい爺ちゃんの眉毛がちょうど村山首相の眉毛にそっくりだったのを思い出す。ただし真っ白だったけど。

 伸びた眉毛は時々カットしているが、切らずに伸ばしっぱなしにすると、ちょっと風貌が変化して面白いかもしれない。

 それと自分の髪の毛は癖毛で自然にウェーブが付くのだけど、眉毛も一部癖毛なのかひょっこりあらぬ方向に「自己主張」する眉毛が数本ある。

 自分も他人と同じコトをするのが嫌い、ま、正確に言うと「多数派」とは違う「異端」でありたいと常に考え行動することを心がけているので、他の眉毛とはなじまないそんな眉毛がいとおしくもある。

 鏡で改めて自分の眉毛を観察してみると、白髪の眉毛が目立ってきたなぁ。

 さて、本日、午後からはふらり本屋でも覗いてみよう。


12月14日:

・白髪頭


 北九州の本日は久しぶりに晴れ渡って心地佳い気温の肌触りであります。

 さて、そんな気温の変化を額の髪の毛の生え際でいつも感知する私ではありますが、ちょっと髪の毛の数が疎らな状況が継続するなか、それ以上はなかなか禿げそうで禿げないなぁ、やっぱり白髪が多いからなんだろうか。

 自分の白髪が気になるようになったのは、18歳になった頃の高校3年生の時分、何故か長髪が解禁になり、坊主頭を止めて髪を伸ばしはじめた頃であった。

 いわゆる若白髪と言うヤツで、黒髪にパラリパラリと目立つ白髪が、はっきり言って嫌だったなぁ。

 一人前の「男性」に成るための通過儀礼と言うか「必修項目」であるアレ、そう古いコトバで「自涜」なんちゃってゆーのですが、アレやりすぎると白髪が増えるなんて、10代を通じて読み耽ったソノ筋の書物に書いてあったのを読んだりして、ホント悩んだもんです、オレってやっぱり「カキ過ぎ」なんだろかと。

 そんな白髪とナニの「因果関係」はともかく、20代30代とパラリパラリと存在する状態であったのだが、40過ぎから白髪がかなり増え始め、前頭部は白髪のほうが黒髪よりも多くなってしまった。

 こうなると結構、白髪頭が格好良く思えてきて、これはコレでオレの「個性」だなと自信を持てるようになったのである。

 昔、「ロマンスグレー」なんて言ってたけど、白髪も人生の年輪にふさわしい様相になれば、それなりにアピール要素となるのかも。


12月13日:

・今年もそろそろカウントダウンの準備


 もう12月中旬である。

 いつか書いたけど、夏休みが終わってからの月日の流れるさまの速いこと!

 今年の2月頃であるが、確定申告の準備で「弥生会計02Pro」にせっせと入力しながら、1年分の仕訳を1週間でやるのはもう止めにして、今年こそは日常の業務としてコツコツやっていこうと誓ったのも束の間、既にほぼ1年分の領収書が未処理で眠ったままの状態ではある。

 いつもと違って年賀状も11月早々に買い求め、今年こそは余裕でじっくりと年賀状のデザインを練ることが出来ると楽観的な気分で、それもいつもは品薄状態の「インクジェット用」を400枚も仕込むことが出来たのだけど、まだ全然手つかずで封も切っていない。

 おそらく来週末あたりに大慌てで年賀状を仕上げていることであろう。

 「ムネオハウス」も「田中外相更迭問題」も、なんだか遠いムカシの出来事、政治の潮目も変わって目を覆うばかりの民主党の没落ぶり、小泉首相の支持率は持ち直したのに株価はずっと低迷したまま、それでも銀行はしぶとく生き残る、日経平均株価が9000台を切ると銀行・生保がバタバタと潰れるんじゃなかったのかい、早くなんとかしてくれ日本経済再生、結局は経済問題なんだなぁニッポンの課題は、しかしノーベル賞田中さんのキャラクターはイイ、日本の技術者魂よ立ち上がれ!、などなど例によって脈絡なくつらつらとまどろみのごとく書いてしまった。

 結構1年経つとそれなりにオモロイことを見聞き出来るものである。

 兎にも角にも無事に1年間生き抜くことが出来て良かったです。


12月12日:

・寒さに順応


 我が街北九州市とゆーと例の「少女拉致監禁事件」に端を発した空前の「親族等大量猟奇殺人事件」のご当地として全国的に有名みたいだけど、私にとっては紛れもない「安息の地」ではあります。

 さて、その北九州市もこのところ日中の最高気温もヒトけた台の寒さ。

 昔、31年前だが、兵庫県姫路市の大学に進学したとき、まわりは関西各地からやってきた野郎ばかりだった。僕が「北九州」から来たと言うと、皆一様に「九州かぁ。えらいまた遠いとこから来たんやなぁ」と驚き、続いて必ず「九州、暑いやろ。大変やなぁ。」と言うのだった。

 あの頃、関西人にとって「九州」はまるで「亜熱帯地域」のような認識だったのである。

 ある人からは「九州ゆーたら熊曾の国やんけ。カジワラはクマソの子孫か?」とけっこう真面目に言われたりもした。

 九州と言っても北九州は玄界灘に連なる響灘に面した、どちらかと言うと「日本海性気候」の地域である。冬はそれなりに寒い。夏は当然に暑いが、東京・大阪ほどではない。

 昔の北九州の冬は寒くて、1年に何度か必ず積雪した。そう言えば、先日、日本映画専門チャンネルで稲垣浩監督の三船敏郎版「無法松の一生」をやっていたのを観てしまったが、ラストで無法松が息絶えるのは大雪の最中であった。舞台が北九州・小倉であることは言うまでもない。

 最近は暖冬傾向だったけど、今年は例年になく寒い。しかし、昔のことを思えば知れている。

 子供の頃の暖房は火鉢にコタツぐらいで、家も隙間だらけだった。だけど寒さで苦労した記憶は無い。

 寒いと言ってもまだ水が凍るような冷たさでもなし、「まぁこんなもんやろ」と思ってしまえば、以外としのげるものです。


12月11日:

・本日のホームページ更新情報


1:「れのん亭日乗」の11月分を分離しました。


2:「モノローグ・デジタル写真館」を増ページしました。

 「阿蘇山周遊」と言うタイトルです。


 こないだの11月23日に我がロドスタで阿蘇山を南から北へと縦断した時の写真です。

 阿蘇の南側の外輪山から望見する阿蘇山、外輪山東側、草千里から見る阿蘇中岳、草千里の象徴的光景である烏帽子岳、一番最後に我がロドスタとヘンなおじさん(実はわたしです、、。)

 と、ゆーことで、本日は慌ただしくもアリバイ的な書き込みでした。


12月10日:

・寒いなぁ、、、、、。


 昨日より木枯らしが吹きすさぶ我がスィートホーム北九州である。

 ところで、米国イリノイ州シカゴは別名「ウィンディ・シティ」と言う。

 "Windy City" すなわち「風の強い街」。

 黒人ブルース愛好者にとってシカゴは「聖地」である。(ちなみにメンフィスはブルースの「メッカ」かな、、、)

 それ故、「ウィンディ・シティ」と言う詩的な語感に、黒人ブルース命の私は強く感応し、シカゴ系のブルースを聴くたびに「風の街」のイメージを想念するのだった。

 1920年代から30年代にかけて、アメリカ南部の黒人がメンフィス経由でシカゴに大量移動した。その結果、シカゴには大規模な黒人居住地区が形成され、南部のブルースが都会的洗練を加味されていくのである。

 しかし、シカゴでは南部の泥臭い「ブルース魂」が失われることは無かった。

 現代ロックの原点である「シカゴ・ブルース」の圧倒的迫力の源泉は、黒人の「南部魂」である。

 差別と抑圧をバネにした「根元的自己表現」の爆発。それがブルースである。

 シカゴの街は、映画「ブルース・ブラザーズ」で活写されている。この映画は大好きな映画で何回繰り返して見ただろう。DVDも持っていて時々事務所のパソコンで再生して悦に入っている。

 黒人街のど真ん中で、ジョン・リー・フッカーが演っているシーンは最高だなぁ。

 ま、北九州の木枯らしネタが、「ブルース」夜話になってしまうのは、B型な私には、充分にツジツマの合うハナシなので、お許しのほど。

 ところで、シカゴが「風の街」なのは、五大湖のひとつミシガン湖の岸にあって、湖面を渡ってくる強風が吹き抜けるからだそうです。(昔、シカゴから北九州にホームステイでやって来たヒトに聞きました。)


12月 9日:

・12月8日?


 12月8日は、ジョン・レノンの命日にして、「真珠湾攻撃」の日であると言うが、これは正確ではない。

 ジョン・レノンがニューヨークのダコタアパートの前で狂信的なファンの凶弾に倒れたのは、1980年、現地時間の12月8日午後10時50分であり、日本時間で言うと12月9日のお昼すぎぐらい(?)である。

 「真珠湾攻撃」の第一撃は、1941年、ハワイ時間で12月7日午前7時55分であり、日本時間では12月8日午前3時25分のことである。

 だから、ジョン・レノンを弔うのは、日本に居るのならば、正しくは本日、12月9日なのである。

 私の脳裏に刻印されたジョン・レノンが死んだ日は12月9日である。

 あの日の夜、私は泣きながらジョンの絵を描き、詩を詠んだ。

 大事にしまい込んだ絵は、およそ20年後に、私のホームページのメインページに甦り、あの時詠んだ詩は、1995年秋、僕が一番最初にホームページを立ち上げた時に掲載した。「a day in my life」の【黙示相聞喪歌「ジョンの魂」】がそれである。青臭い詩である。

 あの日、ニューヨークとの時差を考えずに描いたので、HPの表紙を飾るジョン絵の下に書き入れた命日が12月9日のままである。

 日本時間1980年12月9日と言う日を刻印するために、そのままにしておこう。


12月 8日:

・ちょっと飲み過ぎたかな


 昨夜は博多で忘年会だった。飲み放題コース1名5000円の予算。

 生ビールを2杯ほど飲んで、あとは赤ワインのみ。かなり呑んだ模様。

 私は、酔うと大言壮語してしまう悪癖を持つ。加えて、同じコトを何度も繰り返して話してしまう習性もあるみたい。

 それで、しこたま酒を飲んだ翌日は、昨夜の言動を思い出してはひたすら恥じ入るのである。

 さて、昨日は予定より早めにJR博多駅に着いたので、ウワサの、と言っても「地域限定」のネタなのであるが、最近博多駅筑紫口にオープンした「ヨドバシカメラ」に立ち寄ってみた。

 かなり広大なワンフロアーの大部分がメーカー製パソコンのスペースであったが、Windows系のメーカー製パソコンには興味が無いので、Macコーナーに直行。

 一番奥だったけど、まずまずのスペース。Mac用の周辺機器、ビデオカードとかG4アップグレードカードなんかも置いてあった。

 北九州を出てからずっとiPodをオンにしていたのだけど、iPodのイヤホン端子に装着してカーラジオでiPodの音楽を再生することが出来る「FMトランスミッタ」なるものを購入。

 コレでロドスタに乗ってるときもiPodが利用出来るようになった。(まだ試してないです。)

 「ヨドバシカメラ」の地下には、パソコン自作向けパーツコーナーがあった。マザーボードの種類は少ないが、ちゃんとAMD用も置いてあった。自分はインテル系のCPUには全然興味がなく、自作するならCPUはAMD系と決めているが、アスロンの1800+がついに1万円割れになっていた。オレが購入した半年前の半額やんか。

 アスロンの2200+が手頃な値段なので、今度はコレを使ってテレビ録画用のパソコンを自作しようかな。

 そんなこんなで日曜日の午後のひとときをタラタラと過ごしております。


12月 7日:

・街を浮遊してみたい、、、、。


今日は朝から雨。

 「雨降りだからミステリーでも勉強しょう」と教えてくれたのは植草甚一。

 「雨が空から降れば」と別役実が詞を書き、それに曲をつけたのが小室等。


    雨が空から降れば  想い出は地面に染みこむ

    雨がシトシト降れば  想い出はシトシトにじむ

    黒いコウモリ傘をさして  街を歩けば

    あの街は雨の中  この街も雨の中

 (以下略 六文銭の「雨が空から降れば」より一部引用しました。)


 雨の日は、うちに籠もって本を読む?、それとも傘をさして街を歩く?

 さて、私は、本日、博多に行く用事があるので、ちょっと早めに出かけて久しぶりに博多の街を浮遊することにしたい。

 ま、私の場合、雨がしとしと降ったとしても、恥ずかしい思い出ばかりがズキズキと胸に突き刺さってくるだけですが、、、。


12月 6日:

・昨日と本日のあれこれ


 本日は、2週間おき定例の血圧検診の内科医院行き。

 上が128、下が79、パルス64でした。まずまずの数値。今日は看護婦さんの白衣に過剰反応しなかった模様。


 昨夜のケーブルテレビ(J−COM)は「日本映画専門チャンネル」で1966年の日活映画「涙くん、さよなら」をやっていた。あの頃のボクは中学3年生だったんだな。

 劇中でスパイダースが「フリフリ」と「夕日が泣いている」を演っていた。「フリフリ」は和製ロックの名曲であることを改めて確認したのであった。しかし、初期の「ヤードバーズ」の曲に似たようなのがあることも事実。もしかしたらパクリかな?

 この映画、ジュディ・オングが主役で、驚くべきは、梶芽衣子が意地悪な女の子の役回りで準主役級で出演していたのであった。当時の芸名は「大田雅子」で、まだ顔がプリッとした丸顔なんだけど、あの眼付き(ガンツキ)はまぎれもなく梶芽衣子なのであった。


 昨年買って愛用している「パパス」のコーデュロイのジャケットをロドスタのトランクに無造作に放り込んだときに金具に引っ掛かってしまい、裾のあたりに小さな穴を開けてしまった。とても気に入っていたので大ショック。

 一応気分を取り直して、いわゆる「カケハギ」屋さんに手当して貰おうと、近くのクリーニング店に持ち込んだりとか、インターネットタウンページで検索して電話したりしたのだが、ことごとく「コーデュロイのカケハギは不可能」と断られてしまった。呆然自失、、、。

 「パパス」のジャケットって結構な値段であり、末永く大事に着ようと思っていたのに、、、、。

 それで検索条件を「お直し・リフォーム」に拡大して、更に手当たり次第に電話をしてみたところ、事務所の近くの「仕立て直し」の店が非常に親切に対応してくれた。
 電話では「衣類専用の接着材で穴が大きく広がらないようにするしかない。夜、10時まで店を開けているから持っておいで。」と言われたので、持ち込んだところ、いかにも職人気質の70代のおじいちゃんが応対してくれたのであった。

 こんなおじいちゃん職人がまだいるんだなぁ。長生きしてね。

 ま、ボクとしては、ちょっぴり一安心とゆーところではある。


12月 5日:

・おえべっさん


 昨日、仕事で北九州市若松区役所に出かけたのだが、「おえべっさん」の露天の並びをちらりと眺めることが出来た。

 「おえべっさん」とは、若松区役所のそばに在る若松恵比寿神社のお祭りのことである。春季大祭が毎年4月2日から4日まで、秋季大祭が12月2日から4日まで開催される。

 その期間は、神社から明治町商店街までの数百メートルにわたって、露天が立ち並ぶのである。

 北九州・若松は、私の生まれ故郷である。

 火野葦平原作「花と竜」の舞台と言えば判って貰えるだろうか。明治・大正・昭和初期には筑豊炭田からの石炭の一大集積地として繁栄した街でもある。

 でも、今はお年寄りばかりの街になってしまった。往来の絶えなかった商店街はもう見る影も無い。

 私も18歳を境にして若松を後にした。

 子供の頃、「おえべっさん」の期間は毎日出かけたものである。あの頃の露天はにぎやかだった。

 「金魚すくい」に「水風船ヨーヨー取り」は今でも見かけるが、昔は「泥まみれの万年筆の山」を前にしょぼいオッサンが「倉庫が火事に遭ってこんな状態だけどコレは一流品の万年筆だ」などと売りつけていたり、「雷おこしの相撲」でいつも不味いおこしを1個だけ貰うとか、それから、神社の境内にはおどろおどろしい「見せ物小屋」とか、時には「サーカス小屋」なんかも設営されていたのだった。大きなカゴの中をオートバイが大音響でグルグルと回転するのを見たことがある。

 あの「見せ物小屋」の布製の垂れ幕は、本当に怖かった。小窓から頭だけしか見えない蛇女が後ろ向きにフラフラと頭を揺らしたり、呼び込みのおニィさんが「さぁさぁコレから始まるよ」と言う時に決まってリーーーンとベルが鳴り響き、その音で条件反射的に本当に小屋に駆け込んでしまう人がいたりなんかした。

 それから、「おえべっさん」の期間になると、同い年の児童が私のクラスにも一時的に編入されてきて、それが決まって女の子であり、ほっぺたが赤くていつもニコニコしていたのを思い出すのである。

 あの子は、やっぱり「サーカスの少女」だったのだろうか。


12月 4日:

・昨夜は強風が吹き荒れました。


 昨夜は低気圧が通過したのだろうか、雨だけでなく風も強かった。

 うちの事務所の補助者が言うには、補助者が住む団地構内に青空駐車している車に取り付けた「盗難防止装置」がビービー鳴ってうるさかったそうである。

 最近は、「車上荒らし」と「車の盗難」が日常的な出来事になっているようで、「防御策」として「車上荒らし&車盗難防止装置」を取り付けた車が増えてきたようである。

 最近の新車には「イモビライザー」と言う「不正な合鍵によるエンジン始動を防止する装置」をオプションで取り付けることが出来るようだが、カーショップなんかで販売している「盗難防止装置」は、車をいたずらなどで破損された時や不正進入された時の「車の振動」や「空気圧の変化」をセンサーで感知して、外部にブザーで知らせたり、音声で警告したりするのである。

 中には単なる「ダミー」で、ただ単に怪しげな光がチカチカするだけってのもあるみたいだけど、、、、。

 で、昨夜の強風で車が煽られて揺れたり、風圧で局地的に気圧が急激に変化して、車の内と外で空気圧の落差が生じたりとかして「盗難防止装置」が発動してしまったのである。

 当の車の所有者はこの「異変」には全然気が付かなくて高いびき、しかし、辺りの住民は一晩中「盗難防止装置」のビービー音に悩まされていたという次第である。

 ま、人間、知らず知らず他人に迷惑を掛けてしまうことはよくあるハナシ。

 そのうち「盗難防止装置」が原因で「隣人殺人事件」なんか起こるかも。

 ダミーでピカピカ警告するぐらいが良いのかも知れません。


12月 3日:

・雨が降ってきた。


 ただ今、北九州時間・午後6時30分、かなりまとまった雨が降っています。

 冷たい雨。しかし、水不足解消になるかも。

 本日は、早めに起きて、4週間おきに通う咳喘息の治療と言うか結果的には薬を貰うだけなのだけど、北九州市小倉北区の医療センターに行ってきました。

 午前8時ごろに病院についたのだけど、8時半からの診察開始を待つ方々ですでにいっぱいだった。待っているのはほとんどがご老人。

 悪い言い方であるが、あたりに異様な悪臭が立ちこめていたのは事実である。口臭と「老人臭」と「糞便臭」(?!)とその他もろもろの悪臭をミックスしたような臭い、、、、、。ま、正直に感じたとおりを表現するとそうなのだ。

 人間順応性が高いので、そんな悪臭にもすぐ慣れてしまうので、すぐに知らぬ顔で辛抱できたのであるが、、、、。

 でも、なんだろう、「老いる」ことに対する「恐怖感」を覚えたことも確かではある。

 上手い具合にポックリ逝けたら幸せなんだろうが、オレにはまだまだやり残したことがあるので、まだくたばるワケにはいかない。

 スマートにかつ格好良く「老い」てみたいな。


12月 2日:

・本日の雑誌から

 またぞろ新しいパソコンが欲しくなった。今年は、デスクトップを1台自作、それにノートパソコン1台を購入したのだが、今度はMacが欲しい。

 ズバリiBookのG3−700Mhz。定価129,800円也。コレは絶対にお買い得だなぁ。デフォルトOSのOSXもバージョンが最新の10.2だし、、。

 OSXでUNIXの勉強がしたいよう、、、。(タテマエ)

 1年ほど前に、ヤフーオークションでiMacのDV−SEを落札して、それにOSX(10.1)をインストールして、ファイル構造がまぎれもなくUNIXであることを確認した時、その完成度の高さにもはやフリーのPC−UNIX(リナックスなど)をインストして遊ぶ気力が失せてしまった。

 購入すれば1万円弱の最新版OSX10.2も付属しているわけだし今度のiBookはヒジョーに魅力的なマシンなのである。

 で、情報収集のために雑誌MacFanの最新号を買いに本屋さんに出向いたのであるが、そしたら「週刊東洋経済」11月30日号の見出し「法律なんて怖くない!」と言うのが目について何気なく手にとったら、56頁の「法律を皮膚感覚で理解するために」と言うところで「カバチタレ!」が紹介されていた。

 「カバチタレ!」と言えばテレビドラマ化されて毎回視聴率が良かったので、ご存じのかたも多いと思うが、実はテレビドラマ化の直前に、福岡県行政書士会で原作者の田島隆氏を招へいしたことがあった。
 行政書士法制定50周年記念のイベントの目玉として講演して頂いたのであるが、講演後に仲間内で飲みながら歓談したのである。

 その記録がコレであるが、まぁ身内ネタとして公開したときのままなので、その点はご容赦のほどお願いします。

 原作者・田島隆氏も現役の行政書士であり、一般庶民の視線で民事法務分野に取り組む行政書士事務所を舞台にして「カバチタレ!」も連載開始からもう3年半、浮き沈みの激しい劇画業界では素晴らしい業績であると敬意を払うものである。行政書士の知名度を飛躍的に向上させた張本人でもある。感謝。

 最後の写真は2年前の私、、、。今は伸びた髪を後ろで結んでいるのでスッキリしております。


12月 1日:

・快晴!行政書士法か、ええ誤変換やないか。

 ウェブの「れのん亭日乗」では訂正したけど、まぐまぐのメルマガ配信では、昨日の書き込みの中段の「改正行政書士法」を「快晴行政書士法」のままでアップロードしてしまった。

 ま、いつも後先考えずになんでもパパパッとやってしまうオレ的にはありがちなことではある。

 しかし、午後から晴れ渡った本日の北九州の青空を見上げながら思うに、「快晴行政書士法」って「行政書士」としてはそんなにワルくはない「誤変換」だなと自己満足的したりなんかするのである、、。

 昨日紹介した「実践型内容証明の作成」の講義をして頂いたのは、開業3年目の行政書士専業者であるが、BMWからベンツに乗り換え(ま、こーゆー車の好みってのはオレ的ではありませんが)、今月は福岡市の中心に家賃15万円の独立事務所を立ち上げるそうである。
 取扱業務は、前職の弁護士事務所事務長の実務的ノウハウと実戦的法律知識を生かした「企業法務」中心であると言う。

 「行政書士資格」も「アタマ」と「度胸」次第で、短期間に稼げる「資格」と言うか「素材」ではある。

 「素材」である故、それを生かすも殺すも自分次第、「知恵」を振り絞り、「汗」をかいてこそ「実り」も「収穫」も獲られると言うものである。

 一般庶民のニーズから乖離した「既得権」(ははは、最初は「危篤」権って誤変換しちゃった)にしがみつく「士業者集団」の行く末は知れている。

 もっと「したたかに」! もっと「しなやかに」! 破天荒せよ!


・「れのん亭日乗」2002年11月

・「れのん亭日乗」2002年10月

・「れのん亭日乗」2002年9月

・「れのん亭日乗」2002年8月

「れのん亭日乗」2002年7月

「れのん亭日乗」2002年6月

「れのん亭日乗」2002年5月

「れのん亭日乗」2002年4月

「れのん亭日乗」2002年3月

一番ふるい「れのん亭日乗」